こんにちは、もっちです。
今回は、「自分のことを話すのが苦手」と感じている人が他者とのコミュニケーションにおいて感じている事や、苦手意識の背景要因について書いてみたいと思います。
筆者自身の経験も含めて綴っています。
本記事は、「自分のことを話すのが苦手」と感じているご本人だけでなく、そのような方が身近に居て支えようとされている方(ご家族、支援者、援助職の方)にも読んでいただけたらと思います。
自分のことを話すのが苦手になったのはなぜ?〜筆者の場合〜
筆者はこれまで、様々な場面で「自分のことを話す」機会がありました。
人前で自分のことを話す事に緊張して、できれば避けたいと感じた一番古い記憶は、保育園を卒園する頃、将来の夢を皆の前で発表することでした。
将来の自分をイメージした格好をして、「◯◯になりたいです」と一言言うだけ。それだけのことでしたが、当時の筆者には、普段とは違う格好をしていることだけで既に皆に笑われているように感じられ、将来の夢を言っても笑われると思っていました。
他の同級生たちは堂々として見え、恥ずかしがっている自分も恥ずかしいと感じ、早くその場を去りたい思いでした。
それでも、「発表」という場でなければ、例えば友達との会話や先生に尋ねられたことに答えるといった場面では、「私はこう思う」ということは言えていたと思います。
改まって発表するという場面でなければ、ある程度の自己開示はできていたのでしょう。
それが、小学生になり、学年が上がるに連れ、徐々に自分の好きなことややりたい事を口に出すことが、恥ずかしいこと、難しいことのように思われるようになっていきました。
そうなっていくには様々な要因があり、一概にこの事があったからとは言えないものだと思います。
ただ、筆者の中では、授業中に当てられて答えたことが間違えていた時に皆が笑っていてとても恥ずかしい思いになったことと、自分がほしいと思って買ったものがクラス内で流行っているものでもあり、ある同級生に「真似しないで」と言われてそういうことにも気を使わないといけないのかと思ったことが今でもとても印象に残っているできごとです。
これらのことは、人に笑われないように、人に嫌な思いをさせないように、ということを意識するようになっていった一因のように感じます。
筆者の場合、自分の好きなことを話したり、意見を言ったりすることで周りの人に笑われたり、不快に感じられたりするのではないかという恐怖が、「自分のことを話す」ということへの苦手意識に繋がっているように思われます。
また、いつの頃からか、大人に対する態度にも意識が向くようになり、失礼な物言いになっていないか、敬語をきちんと使えているかなどが気になり、あまり気楽に話せない感じがするようになっていきました。
特段、親が厳しかったということではなかったのですが、いつの間にか、礼儀がなっていないと思われるような振る舞いをしてはならないという規範意識が自分の中にできあがっていたのです。
それまでは「おっちゃん」、「おばちゃん」と呼び、敬語どころか「です」「ます」も使っていなかったのに、気がつけば大人との会話では正しい敬語を使えているか、失礼なことをしていないかを意識し、常に緊張している自分が居ました。
一時期よりは随分マシになりましたが、今でも、人と話す時には「相手に失礼なことをしていないだろうか」、「不快な思いをさせるようなことを言っていないか」と気になり、緊張が高まることがあります。
これも、自分が相手にどう思われるかという他者評価が関連していることがわかりますね。
自分のことを話すのが苦手な理由、他にはどんなものがある?

筆者のもとに相談に来られる方や、様々な形で関わっている方の中にも、「自分のことを話すのが苦手」と仰る方が多数いらっしゃいます。
お話を伺っている中で、自分の話をすることへの苦手意識の背景に、以下のようなものがあることが見えてきました。
- 自分のことと言っても何を話せば良いのか分からない
- 誰も自分に興味など持っていないと思っている
- 他者に興味がない
- 話したい気持ちはあるが、言葉が見つからない
- 自分の考えや意見が正しいのか分からない、自信がない
- 相手を不快にさせてしまうのではないか、その結果嫌われるのではないかと恐れている
その他、以下のような理由も臨床や相談の現場ではよく見られます。
- 人見知り・緊張しやすい
- 自分の話には価値がないと思っている
- 自分のことを受け入れられないという諦め
- 会話に入るタイミングが掴めない
それぞれ、単一のものが原因になっているように思えても、苦手意識の背景にあることを紐解いていくと、複数の要因が絡み合い相互に関連し合っていることも珍しくありません。
自分のことを話すのが苦手な人はどんなことを感じている?
自分のことを話すのが苦手な理由を挙げましたが、それぞれ、どのようなことなのかを見ていきましょう。
自分のことと言っても、何を話せば良いのか分からない

あなたのことについて、お話を伺えますか?

そうですね…うーん、自分のことと言っても、何を話せば良いやら…
カウンセリングを始める時、お困りごとを聞くことはもちろんですが、相談に来られた方について教えていただくために、「あなたのことについてお話しください」と伝えることがあります。
もちろん、具体的な質問がある方が答えやすいと思いますが、こちらが勝手に話題を限定してしまわないように、まずはクライエントさんの話しやすいように話してもらうようにしています。
相談の主訴である「問題」については色々と語ってくださいますが、ご自身のこととなると途端に言葉が止まる方がいらっしゃいます。
ある方は、しばらく考えた後、「名前とか、生年月日を言えばいいですかね?」と絞り出すように仰ることがありました。
この時は、「自己紹介するとしたら、どんなことを話されますか?」と改めて尋ねたのですが、その方は「うーん、どうでしょうね…」と言って黙りこまれました。
今どんなことを感じているかとお尋ねすると、「自分のことって、結局何を話せば良いんでしょうかね。自己紹介すると考えても、困ってしまいます」と話してくださいました。
この、「何を話せば良いのか」という感覚について聴いてみると、人に話せるほどのことがないと感じていることや、相手が何を知りたいと思っているのかがわからないから、何を話せば良いのかわからないと感じるということを伝えてくださった方もいます。
カウンセリングの場に限らず、「自分のことって何を話せば良いのかな」と仰る方はいらっしゃいます。
コミュニケーションにおいては、ある程度自己開示することが、相手に安心を与え、自己開示しやすくなる効果がありますが、こちらが「私は◯◯が好きなんです」と伝え好きなものを教えてもらおうと流れを作ったつもりであっても、「そうなんですか、はあ」と相槌を返してくださるものの、その先が広がらないことがよくあります。
この場合、相手の話を聞くことと、自分のことを話すことが繋がっておらず、「あなたは何が好きですか?」と具体的な質問がないと、『相手が何を知りたいのか分からない状態』が続いていたり、「自分の好きなものは人に話すほどのことではない」という感覚あるのではないでしょうか。
誰も自分に興味がないと思っている

自分のことに興味がある人がいるなんて思えないんですけど
ある方は、筆者がお話を伺っていることについて、「興味を持って人の話を聴くことって本当はできないんじゃないんですか」と仰りました。
どうしてそのように思うのか尋ねると、上記のように仰ったのです。
「あなたに対して興味がないように感じられているんですね」と伝え返すと、「興味を持って聴いてるように見えますけど、それは気を使ってくれてるんじゃないかと思うんです」とお話しくださいました。
このように、自分のことに他者が興味を持つとは思えないという方も、複数いらっしゃいます。
ご自身が、他者にあまり興味を持てないから他の人もそうだと思っておられる例もありましたが、よくお話を聴いていくと、「自分にはそれほどの価値はない」と思っておられたり、「自分のことを話したところで受け入れられない」という確信があったりしました。
その背景には自己肯定感の低さや、不安の強さがあり、心を守る防衛の一つとして、「他者は自分に興味を持たない」と捉えていることが伺えました。
他者に興味がない

あまり人に興味ないし、自分のこと話して意味あるのかなって・・・
自分が誰かに対して興味を持つということがないので、他者から自分に興味を持たれているとしてもその感覚がどういうものかわからない。「自分のことを聞いてどうするのか」という感覚で、自分のことを話す意味を見いだせないと言っていた友人がいました。
学生の頃の話です。
その友人は、無言が続くのも気まずいけれど、わざわざ自分のことを話す意味は感じられない。でも相手に興味を持てないから質問をしてまで話したいとは思えない。相手が勝手に話してくれれば聞くだけでいいので気が楽だ、といったことを話してくれました。
友人は他の友人らと一緒にいる時、確かに自分からの発信は少なく、友人らの話をよく聞いているように見えました。周囲からも、「話をよく聞いてくれる人」と認識されていたように思います。
この友人だけでなく、「他人に興味をもてない」と仰る方と何人か出会ってきました。その方たちも、他者に対して全く無関心な姿よりも、話をよく聞いておられると感じることが多かったです。
このことから、単に無関心であったり他者に対して冷たい人ということではないことが伺えます。
先に触れた、他者が自分に興味を持つことはないだろうという感覚と、この「他者への興味のなさ」はどこか繋がっているように筆者は感じます。
友人が話してくれた当時は、この話を深めていったわけではないので、友人が他者に興味がない状態に至る背景にどのような事情があったのかを考えたりしていませんでしたが、何人か、そういう方と出会う中で、他者に必要以上に関心を払わず、距離を保つことで、自分自身を守っているということなのではないかと感じられるようになったのです。
話したい気持ちはあるが、言葉が見つからない

えーっと、その…なんて言えば良いのか分からなくて…
自分のことを伝えようという気持ちはあるものの、うまく言葉にならない、言葉が見つからないという方もいらっしゃいます。
緊張して頭が真っ白になって言葉が出てこないという方もいれば、伝えたいことのイメージは頭の中に浮かんでいるのに、それに対応する言葉が無いという方もいます。
背景としては、緊張が高まりやすい性格、経験不足、語彙の乏しさなどが考えられます。
話したい事はあるのに、それが言葉と結びつかないことでイライラし、それが態度に現れてくる方もいらっしゃいます。
特に自分の気持ち、感情と対応する言葉が見つからないと、イライラという形でしかでてこないということは誰にでもあり得ることです。
伝えたいと思うできごとや感情と、その人自身が持っている言葉がうまく繋がっていないと、話したいのに話せないというもどかしさを感じることになり、時には苛立ちからコミュニケーションが破綻してしまうこともあります。
しかし、どんなできごとに対して、どんな感じがしていたのだろうと、一緒に言葉を探してみることで、その人なりの表現の仕方が見つかることがあります。
自分の考えや意見が正しいのか分からない、自信がない

どんな言葉でも大丈夫ですので、話してみてください

ええ、はい。・・・でもなぁ・・・うーん・・・
何か考えや思っていることがありそうなのですが、いざ言葉にしようとすると「こんなこと言っても良いだろうか」、「間違ったことを言ってしまったらどう思われるだろう」といった考えが出てきて、なかなか話せないという方もいらっしゃいます。
この「間違ったこと」というのは、『1+1=?』というような正解がある事柄とは限りません。
例えばある小説を読んで、「主人公の不遇な環境に心を痛め、悲しい気持ちになった」という感覚があったとしましょう。
その読者の感覚に正解も不正解もないものですが、「そんなことを言うべきではない」、「心が痛む、悲しいという感情を抱くこと自体、間違っているのでは」というような思い込みや、「的はずれなことを言っているのではないか」というような、自分の感覚や意見に自信を持てない感覚が背景にあったりします。
他者との会話は、これが絶対に正解だというものはありませんし、正解かどうかをジャッジするものではないとお伝えしたとしても、ご本人にとっては「間違えないこと」が最も大事なこととなっており、なかなか自分の考えや思いを言葉にできないということがあります。
相手を不快にさせてしまうのではないか、その結果嫌われるのではないかと恐れている

自分の事を話したら、みんな不快に思うんじゃないかって思って・・・
ある人はそんなことを話してくれました。
筆者に話す際にも、「こんな話、聞きたくないですよね?」、「嫌だと思ったら言ってください、止めますから」と何度も確認されていました。
他にも、「嫌われたくないから、自分からは話さずに聞くことが多いです」と仰る方もいました。
よくお話を伺っていくと、自分がなにか言ったことで相手が不快になるのではないかと心配になる、相手の反応がない(薄い)と「何か気に障ることを言ったんじゃないか」と思う、最終的に相手に嫌われるのではないかと気になっているということでした。
「自分のことを話す」行為には、それを聞く相手がいて、相手が何らかの反応を示すことまでが想定されます。(無反応という形も一つの反応と捉えます)
実際には相手を不快にさせるような話ではなくても、自分の話は人を不快にさせてしまうという確信があり、相手の反応を予想して、嫌われることを回避するために話さないという方法を採用しているのです。
人見知り・緊張しやすい
人見知りや緊張しやすい人は、初対面や慣れない人との会話、大人数での会話で不安や緊張を感じやすく、上手くコミュニケーションが取れないことがあります。
- 自己開示が苦手
- 初対面の相手に何を話せば良いのかわからない
- 他者からの評価や視線が気になってしまう
- 自己主張があまりない
といった特徴が挙げられます。
背景要因としては、生まれつきの気質であったり、他者とのやり取りで自信を無くす経験をしたこと、コミュニケーションの経験不足などが考えられます。
しかし、1対1で慣れてきたり、仲良くなり打ち解けてくると、色々と話すことができるようになり、良好な関係を築くことができる方も多くいらっしゃいます。
自分の話には価値がないと思っている
自分のこと・話には、他者に聞かせるほどの価値がないと思っていることから、話すのが苦手になっている方もいます。
なにか特別な経験をしているわけではない、面白い話はできない、と自分自身を低く評価し、自己肯定感の低さが背景にあることが考えられます。
自分自身の価値を低く評価している人は、その評価の基準が他者にあることが多いです。
他の人のように面白い話ができないとダメだ、あの人のような経験をしていない自分の話はつまらないはずだ、というように、自分がどう思うかよりも、他の人と比べてどうかということが気になっている状態なのです。
そして、自分のことを語るに値しないものだという評価を下しているために、話をする機会があったとしても「こんな話は聞いてもつまらないだろう」というように自分で見切りをつけてしまい、話すこと自体を止めてしまうことがあります。
このことは、「結局、自分の話はつまらないから広がらなかったんだ」という評価に繋がり、自分の話には価値がないという確信を強めてしまうこともあります。
自分のことを受け入れられないという諦め
他者に自分のことを受け入れられることはないという諦めから、自分のことを話さない・話せないという人もいます。
幼少期に親に話を聴いてもらえなかったことや、友人など仲間関係の中で自分の意見が受け入れられなかった経験など、他者に自分のことを否定されたり関心を寄せられない経験がトラウマとなり、自己開示することを回避するようになるケースもあります。
会話に入るタイミングがつかめない
コミュニケーションを図り、自分のことを話して打ち解けたい思いを持っていても、会話に入るタイミングがつかめずに、なかなか話せないということもあります。
- 会話の流れを切ってしまわないか気になる
- どれくらいの間で自分のことを切り出せば良いのかが分からない
- 話題を広げる方法が分からない
- 空気を読めないと思われないか心配
- 自分の話で場をしらけさせないかと不安になる
- 発言して注目されたら緊張してしまう
など、要因は様々です。
これらのことは、過去の経験から他者の反応や評価が過剰に気になっていることが考えられます。
また、コミュニケーションの経験不足からタイミングをはかることが難しくなっている可能性も考えられます。
これまで見てきたように、話すのが苦手、話せないことの背景は、個人の性格に起因することだけではなく、他者や周囲の関係との相互作用から形成されてくることが考えられます。
そして、話そうとするときにはその人の内面で過去に傷ついた経験、恥や恐れの感情が喚起され、それらを避けるために話さないという方法を取ることで自分の心を守る、防衛の側面もあることが伺えます。
支援者の立場では、「自分のことを話すのが苦手な状態」は、その人なりの心理的防衛や適応の方法である可能性を考えることも、大切な視点と言えるでしょう。

自分のことを話すのが苦手な人の特徴とは?
ここまでは、自分のことを話すのが苦手な人が感じていること、苦手意識の背景にどのような心理があるのかについて記述しました。
次に、コミュニケーションの場面で、自分のことを話すのが苦手な人に見られる特徴を挙げてみます。
どういった傾向が見られるかを把握することで、自分なりの表現方法を模索したり、周囲の人がどのようなサポートを行うと苦手意識を軽減できるかを考えるヒントになると思います。
繊細で周囲や相手のことを過度に気にする
周囲の雰囲気や他者の感情に敏感で、相手の反応を過度に気にしてしまう気質。
場の雰囲気を壊さないかということや、相手がどう思うかを考え過ぎてしまい、自分のことを話すことに抵抗を感じることがあります。
完璧主義
「うまく話さなければならない」、「変に思われないようにしなければならない」というように、他者との会話で「失敗してはいけない」という思いが強い。
そのような思いから、コミュニケーションの際にプレッシャーを感じたり、言葉を選ぶことに慎重になりすぎて話せなくなることがあります。
緊張しやすい
生まれながらの気質であったり、注目されることで緊張が高まること、「失敗」を経験したことなどから、人と話す際に緊張しやすくなっている状態。
緊張の高まりから焦って言葉が出てこなかったり、声が上ずったり、赤面・発汗などの身体変化が現れることがあり、それを意識することで更に緊張したり、焦ってしまうといった悪循環が生じることがあります。
自己肯定感の低さ・無価値感からくる自信のなさ
幼少期や思春期に、親子関係や仲間関係でのコミュニケーションが上手く行かなかった経験が自己肯定感を低くしたり、自分には価値がないと思いこむようになっている状態。
自分自身の感覚や感情、自分なりの意見が受け止められなかったり否定されたりすることが続くと、自分で自分のことを肯定できなくなることや、価値がないと思い込む事に繋がり、そんな自分が発信することに自信を持てなくなり、自ら発信することが難しくなることがあります。
聞き上手・聞き役に徹する事が多い
自ら話すことが苦手なため、もっぱら聞き役に回ることが多い。
相槌や質問はできるので相手が話すことで会話が成立しているように思えますが、自分の経験や感想などの発信は乏しく、ほとんど発言していないということもあります。
本人にそのような意図がなくても、相手からは「秘密主義」や「信頼されていない」という感覚を持たれることもあります。
話すことが苦手で困っている人がいたら
最後に、自分のことを話すことが苦手だと感じていて、その事に困っている人がいたら、どうすれば良いのか、ということについて、筆者の考えを述べたいと思います。
まずはそのままを受け入れて
この記事を読んでくださっているあなたが、「自分のことを話すのが苦手」ということに困っているご本人なら、まずは「そういう自分も居る」という事実をそのまま受け止めてほしいです。
なんとかして変わりたい、話せるようになりたいという思いをお持ちで、焦っておられるかもしれません。
しかし、今現在のあなたの在りようを「これではダメだ」と考え否定してしまうことは、あなたをより苦しめることになるかもしれないのです。
「自分のことを話すのが苦手」になるまでには、沢山の傷つきや、苦しみがあった可能性があります。そういう部分を抱えながらも、今日まで頑張ってきた自分自身を、まずは否定せずに受け入れてあげてほしいと思います。
また、緊張したり苦手に感じたりする、あなたのその感覚も決して「間違い」や「失敗」ではありません。様々な経験から形作られてきたものでもあり、これから変化することも十分可能なものでもあります。
「こういう時には緊張しているな」、「今の自分はこれが苦手なんだな」というご自身の感覚をキャッチしたら、「今はそういう状態なんだ」とそのまま受け止めてほしいです。
もし、この記事を読んでいるあなたが、「自分のことを話すのが苦手」と感じて困っている人に気がついた方であれば、「なんとかしてあげよう」と考えているかもしれませんね。
あなたのその思いが、その方の助けとなるためにはまず、あなたが「自分のことを話すのが苦手と感じている人」をそのまま受け止め、そういう部分も持っているその人の存在を肯定してくれることが大切なプロセスだと考えられます。
「なんとか変えてあげなければ」と焦らず、まずはそのままのその人を受け止めてあげてほしいと思います。
自己分析して、少しずつ試せることを見つける
自分の感覚をキャッチできたら、何が「自分のことを話すのが苦手」にさせているのか、分析してみると良いでしょう。
例えば、「話題らしい話題が見つからない」、「変なことを言ってしまわないか心配」、「緊張したら何を言っているのかわからなくなる」など、自分が何を心配したり、どうなったら嫌だと思っていたりするのかを書き出してみると良いかもしれません。
苦手な場面や、その時の感情を把握することで、何がどのように変化すれば良いかが見えて来ることがあります。
変化のために「少し頑張ればできそう」なのか、「今はとてもできそうにない」ことなのかを考えてみることもできるかもしれません。
また、自分ひとりで変えられそうなことなのか、誰かに協力してもらう方が良さそうかということも考えられます。
ある程度、分析ができたら、スモールステップでできることから試してみると良いでしょう。
具体的には、「昨日、△△へ行ってきた」、「テレビで◯◯を見て面白かった」などの事実や、事実+簡単な感想など、短い言葉で話せることを探してみて、信頼できる相手、緊張せずに話せる相手に聞いてもらって練習するといったステップが考えられます。
事前に、話そうと思うことを整理して書き出してみるというのも有効です。何を伝えたいのかを整理しておくことで、緊張することがあっても慌てずに話せる土台作りができます。
自己紹介であれば、テンプレートを用意しておいても良いかもしれませんね。
テンプレートを基に話し、相手から質問があれば会話が広がるチャンスができます。
想定外の質問があるとうまく答えられないから怖いと思うかもしれませんが、その場合は「ちょっとわからないですね」と言っても大丈夫です。全てに完璧に応じなければならないというものではありません。
質問された内容によっては、「あなたはどう思いますか?」と尋ね返して、相手に話をしてもらうように流れを作っても良いでしょう。
「自分のことを話すのが苦手」な状態をなんとかしたいという思いから、100%自分がなんとかしないといけないと考えてしまうかもしれませんが、コミュニケーションは相手があってのことです。相手の力も借りてしまいましょう!
話せることだけが全てではない
先程も書きましたが、コミュニケーションは相手がいて、その相手とのやり取りがあって成立するものです。
「自分のことを話すのが苦手」で話せない状態の人が「話せるようになる」ことだけで解決するものではないと、筆者は考えています。
ある程度、自己開示ができることが、コミュニケーションを円滑に進めることに繋がることは事実ですが、「自分のことを話す」ことだけに注力していては、一方的になってしまいます。
「自分のことを話す」ことと同じく、「相手のことを聞く」ことも、コミュニケーションにおいて重要な要素です。
「自分のことを話すのが苦手」な人の特徴のところで触れましたが、「聞き役に回ることが多い」という部分は、実は強みに変えられる部分でもあります。
相手の話に興味を持って耳を傾けていると、話をしている人がふと、こちらに興味を持って「あなたはどう思うか、聞かせて?」と尋ねてくれることがあります。
相手が話題を振ってくれると、そのテーマに沿って話せばよいのだという会話の筋道が見えやすくなるので、何もないところから話をするよりはハードルが下がるのではないでしょうか。
話すことの苦手さを克服したいと焦って、何かを話すことだけに注力するのではなく、相手の話に興味を持って聞くことも、意識できると良いと思います。
楽しい、嬉しいなどポジティブな経験を重ねていく
話をする練習は、できるだけポジティブな内容が良いと思います。
嬉しかったこと、楽しいと感じたこと、面白いと思ったことなど、ポジティブな内容であれば話していて楽しいと感じられますし、聞き手にとっても受け入れやすい・聞きやすいものになります。
また、相手の反応が「それは面白いね!」、「良かったね」など肯定的なものであったり、共感を得られやすい傾向にあります。
他者からの肯定的な反応、承認などポジティブな経験を重ねていくことで、自信にも繋がります。
自信を持てるようになると、自分から発信することのハードルは下がるのではないでしょうか。
人は様々な感情を持っています。時には、悲しかったことやしんどいことを聞いてほしいと思うこともあると思います。このような話は、自分も相手も、お互いを信頼しているから話せるし、聞くことができるものだと思います。
そうした話もできるような関係性を築いていく最初の一歩として、まずはポジティブな経験の共有から始めてみましょう。
支援者、周囲の人ができる関わり方
| 「そのままを受け入れる」 |
この章の始めに、「まずはそのままを受け入れて」と書きました。どのような関わり方をすることが、「そのままを受け入れる」ことに繋がるのでしょうか。
- 無理に話させようとしない
- 話さない選択も尊重する
- 話せなかったことを「失敗」として扱わない
上記の点に留意し、相手のペースや選択を尊重した関わりを積み重ねていくことが、相手の「そのまま」を受け入れる姿勢につながります。
| 現在の適応の状態であると理解すること |
なんとかしてあげたい思いや善意から、「自分のことを話したほうが良いよ」、「慣れれば話せるようになるから、ここで話してみて」といった声掛けをしたくなることがあるかもしれませんね。
しかし、そういった言葉は「このままではダメだ」というメッセージとして受け取られてしまうことがあります。
変化を促すための声掛けをする前に、まずは現在の「話すことが苦手な状態」そのものが、その人なりの適応の状態であるという理解をすることが、その後の支援に必要なことを考える土台となると、筆者は感じています。
| その人がすでに持っている強みに注目する |
支援の場では、新たな力を獲得することだけではなく、すでに持っている力を安心して使えることが大切な場合もあります。
先程、他者とのコミュニケーションは双方向的なものであり、「聞き役に回る事が多い」ということは強みに変えられる部分でもあると書きました。その他にも、人の話に関心を向けられることや、話を遮らずに受け止める姿勢などは、他者との関係性を築くうえで大きな資源となり得ます。
変化を促すための働きかけだけでなく、その人がすでに持っている力にも注目し、ご本人が持っている力を安心して発揮できるような雰囲気や関係を作っていけると良いですね。
| 支援者が「しているつもり」になっていないか注意 |
「話すのが苦手」と感じている人は、自分が話すことを相手が「評価している」と感じていることが多いです。
支援者が「評価はせずに話を聴いているつもり」でも、ご本人にとっては「評価されている」、「どう言うか試されている」と感じられていることがあります。
その背景には、聞き手がどんな表情や仕草をするか、自分の言葉への反応の間、場合によっては息遣いといった細かなことまで、言葉以外のものに現れるメッセージ(ノンバーバルコミュニケーション)に非常に敏感になっておられることがあります。
話の内容そのものよりも、どのような態度で聴かれているか、沈黙をどう扱われるかといったことが、その人の安心感や関係性の認識に大きく影響します。
こういった部分にも留意し、「丁寧に話を聴き、相手を尊重しているつもり」に陥らないよう気をつけたいと考えています。

カウンセリングの活用も
自己分析や整理、練習をするにあたって、自分ひとりで全てできなければならないということはありません。
信頼できる友人や家族など、身近な人といっしょに取り組めるようであれば、その人達の力を借りながら取り組んでみましょう。
しかし、身近な人だから逆に打ち明けられない、相談できないという方もいらっしゃると思います。(心配かけたくないという思いや、そもそも相談できる関係ではないという可能性もあると思います)
そんなときには、カウンセリングの活用も考えてみてください。
心理的安全を守られた構造の中で、カウンセラーとのコミュニケーションを通して、分析を試みたり、伝える・聴くという経験を重ねたりすることができるものであると考えています。
ご自身のペースで無理をせずに、少しずつできることを探すお手伝いができると思います。
もし、誰かと取り組んでみても良いかなと思われるのでしたら、カウンセリングの活用も選択肢に加えていただければと思います。
さいごに
筆者自身、「自分のことを話すのが苦手」な人です。
自己紹介では名前ぐらいしか言えなかったり、会話を広げることが苦手だったりします。
しかし、これまでの経験や現在の仕事を通じて、少し変わってきたと感じることや、クライエントさんから学ばせてもらうこともあります。
コミュニケーションの苦手さを軽減していくには、コミュニケーションを通した経験が大事なのかなあと感じています。
他者とのコミュニケーションで傷ついたり、辛い思いをした経験があると、なかなか、「コミュニケーションを通して練習してみよう」というふうには考えられないかもしれません。
それでも、自分自身に負荷を掛けすぎずに、少しずつでも取り組める機会があれば、変わる部分もあるのだなと実感しており、そういった機会を必要とされている方の力になりたいと考えています。
筆者の発信が、必要とされる方に届き、少しずつ変化していかれる一助となりましたら幸いです。
この記事を開き、読んでくださったあなたの力になれますように。
今後の投稿でも、知っていてもらえると良いなと思う心理学の知識をお届けします。


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